西の空が赤く染まり出した頃、恵炎は家に着く。
「お兄ちゃん、ただいまですぅ〜」
「ああ、帰ってきたか」
土穏は恵炎が帰ってきたことに気付くと、恵炎の姿を確認せずに声だけをかける。
声と共に台所から野菜を刻む音や、フライパンで何かを炒める音が聞こえる。
どうやら、土穏は夕食の準備をしているようだ。
「今日はいつもより遅かったな。何をしていたんだ?」
土穏は手を休めることなく、恵炎に話しかける。
「森で緑心くんって言う、闇黒龍族の人に会ったですぅ」
恵炎は台所の入り口で話す。
台所には入るな、と土穏に言われているからだ。
「何!?」
土穏は野菜を刻んでいた包丁を置き、恵炎の前でしゃがみ込む。
「大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
「へぇ? 大丈夫ですよぉ」
恵炎は少しきょとんとする。
「そうか……ならいい」
そう言うと、土穏はまた野菜を刻み始める。
「お兄ちゃん……まだぁ、闇黒龍族の人を恨んでるですかぁ……?」
「…………」
恵炎の言葉に土穏は一瞬野菜を刻む手を止めるが、すぐにまた刻み始める。
「……恵炎はよく覚えてないですけどぉ、確かにお父さんとお母さんは闇黒龍族の人に殺されたですぅ。
でもぉ、闇黒龍族の人みんなが悪いんじゃないですぅ。緑心くんみたいに、いい人だってきっといるですぅ……」
恵炎はうつむき、今にも泣き出しそうな声で言う。
「……分かっている」
「え?」
恵炎は顔を上げる。
土穏は包丁を横に置き、恵炎に背を向けたまま話し出す。
「分かっている。闇黒龍族全てが悪いわけじゃない。分かってはいるが…
…まだ、心のどこかで拒絶している……闇黒龍族を認める事が出来ない……」
「お兄ちゃん……」
「さぁ、向こうに行ってろ。もう夕飯が出来るから」
土穏は恵炎を見ずにそう言う。
「わ、わかったですぅ」
恵炎は台所からいなくなる。
土穏は恵炎がいなくなった後、しばらくの間ぼぅっとしていた。
何かをするでもなく、どこか一点を見るでもなく。
土穏の脳裏に9年前の出来事が浮かんでいた。 両親が死んだ日の事が……
「父さん……母さん……」
土穏は呟く。
――ジュウウゥゥゥ……
「……! うわ、ヤバイ!」
フライパンで炒めていたものが焦げかけていることに気付き、土穏は急いでフライパンの中のものをかき混ぜる。



  

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