「どう? 少しは、気分転換になった?」
私は目の前で座り込んでいる土穏に声をかけた。
「ああ」
また私に負けたにもかかわらず、土穏は爽やかな顔をしている。
空を見ると、太陽が西に傾き始めていた。
結構長い時間、手合わせをしていたのね。
そんな事を考えたいたその時――
「あぁ、お兄ちゃん、ここにいたですかぁ」
道場の入り口から恵炎の声がする。
「あら。恵炎、お帰り」
「ただいまですぅ」
「……あら? 土穏、どうしたの?」
「え? あ、いや、何でもない」
さっきからぼうっとして……。考え事かしら?
「あら? お帰りなさい、恵炎」
「!」
恵炎は一瞬ビクッとして、後ろを振り返る。
すると、そこには凛泪がいた。
「あ、た、ただいまですぅ……」
恵炎は少し戸惑いながら口を開く。
そんなにビックリする様なことだったかしら?
「あら、驚かせちゃった? ごめんなさいね、恵炎」
「い、いえ、気にしなくていいですぅ」
恵炎と凛泪が何気ない話をしていると、
「恵炎!」
土穏がいきなり恵炎を少し大きな声で呼ぶ。
「な、なんですかぁ、お兄ちゃん?」
恵炎が訊くと、土穏はいきなりとんでもないことを言った。
「お前、本当に恵炎か?」
「!!」
これには恵炎だけじゃなく、私や凛泪も驚く。
「な、何言ってるですかぁ、お兄ちゃん!? 恵炎は恵炎ですぅ!」
「そうよ、土穏! どこからどう見たって、この子はふぃえ……」
「だったら、この二人の名前を言ってみろ」
土穏は私の言葉を遮って、私と凛泪の事を指しながら恵炎に言う。
「え…と……あの………」
「?」
どうしたのかしら? 恵炎ならそんな事、簡単に答えられるはずなのに……。
「どうした? 言ってみろ。簡単な事だろう? それとも……分からないのか?」
「…………」
恵炎は黙っている。
もしかして、本当に土穏の言うとおり……
「……どうして分かった? 私が恵炎ではないと」
「!!」
聞こえてきたのは恵炎の声ではなく、聞き慣れない女性の声。
「最初に俺に声をかけた時だ。恵炎が帰ってきて最初に言うのは『ただいま』だ。
それ以外の事を言った事は今まで一度もない」
土穏はそう言いながら、棍を構える。
「……ふぅ。それは知らなかった。さすがに肉親を騙す事はできなかったか……」
「お前、一体何者だ!? 恵炎はどうしたんだ!?」
土穏が声を荒立てる。
「私の何者かって? フッ……」
そこまで言うと、恵炎の偽者の体が光で包まれて、見えなくなる。
「!!」
しばらくすると光と恵炎は消えて、代わりに、一人の女性が立っていた。
茶色の前髪と瞳と長くて黒い後ろ髪の女性が……。
「あ、闇黒龍族!?」
私は思わず声を出す。
「そう。私は闇黒龍族。名前は地香(ティーシャン)。弟があんたの妹に世話になったから、礼を言いに来た」
地香は土穏を見ながら言う。
『妹』って言うのは恵炎のことよね?
なら、『弟』って言うのは……まさか!
「お前、緑心の姉ってことか!?」
土穏が問いただす。
それに対する地香の答えは……
「そう。私は緑心と歌夜の姉」
「それにしても、お礼を言いに来たにしては、随分と手の凝ったことしてるわね?」
私は口をはさむ。
「変化の術を使って恵炎に化けるなんて」
「礼を言うついでに、復讐をしに来た」
「復讐……?」

凛泪が首を傾げる。
「そう……お前たちのせいで父が死んだ! その復讐だ!!」
――ぶわさっ!!
地香は右手の腕輪から武器を出して、真後ろにいる凛泪に斬りかかる。
凛泪は後ろに飛んで地香の攻撃を避ける。
「チッ……」
地香は舌打ちをする。
「何? あの武器……?」
地香は両手に一つずつ『槍のようなもの』を持っている。
なぜ『槍』と断定しないかと言うと、一見すると槍みたいなんだけど、柄の部分が短くて、反対側にも刃がついている。
刃の長さは一緒じゃなくて、短い方を1とすると、長い方は3ぐらいある。
あれじゃあ、後ろからの攻撃もしにくいわね。
後ろを向かなくても、背後にいる敵を攻撃できるんだから……
あの武器に名前があるのなら、『両刃槍』とでも言うのかしら?
「おい! 恵炎はどうしたんだ!?」
「ん……? 気になるのか……。ならば……ついて来い!」
地香は言い終わるや否や、森の方へ走り出す。
「ま、待て!!」
それを追うように土穏も走り出す。
「凛泪!」
「ええ!」
そして、私と凛泪は二人を追いかける。



  

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